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120話 意外な場所で

last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-18 10:01:40

 あの嵐の日から、早いもので3ヶ月が経過していた。

イレーネは半月に一度は、リカルドから譲り受けた家に通うようになっていたのだった。

「それでは、今日もあの家に行くつもりなのか?」

朝食の席でルシアンがイレーネに尋ねる。

「はい、行ってきます」

笑顔で返事をするイレーネ。

「だが、何もそんなに頻繁に行かなくても……」

言葉をつまらせるルシアンにイレーネは理由を述べた。

「あの家は空き家ですから、定期的に訪れて管理をしないと家の維持は難しいですから」

「そうか……」

正直に言うとルシアンは、イレーネにあまりあの家には通って欲しくは無かった。

その理由はただ一つしかない。

「心配しなくても大丈夫です。明日にはまた戻りますので」

「……分かった。なら気をつけて行くといい」

「はい、ルシアン様」

イレーネは笑顔で返事をした。

****

 イレーネは今夜の食材を買うために、1人で町に出てきていた。

「えっと……バターは買ったし……あ、そうだわ。ドライフルーツを買わなくちゃ。今夜はレーズンパンを作るんだったわ」

買い物メモを確認すると、イレーネはポケットにしまった。

「それにしても、今日の駅前は凄い人手ね。一体何があったのかしら?」

駅前には大勢の人々が集結していた。しかも大騒ぎになっており、警察官たちまで警備にあたっている。

「もしかして、有名人でも来ているのかしら?」

好奇心旺盛なイレーネは、一度気になったものは確認してみなければならない性格をしている。

「ドライフルーツは後で買えるものね……行ってみましょう」

そしてイレーネは人だかりの方へ足を向けた。

**

「皆さん! 落ち着いて! 押さないで下さい!」

「道を開けて下さい!」

騒ぎの中心から大きな声が聞こえている。

「サインして下さい!」

中にはサインをねだる声まである。

「え? サイン? もしかして有名人でも来ているのかしら?」

イレーネは誰が来ているのか、見たくても人だかりが出来ているので確認することも出来ない。

そのとき――

「あれ? イレーネさんじゃありませんか!」

不意に声をかけられた。

「え?」

驚いて振り向くと、警察官姿のケヴィンが自分を見つめている。

「まぁ! ケヴィンさん、こんにちは。偶然ですわね」

「こんにちは。もしかしてイレーネさん……見物に来たのですか?」

「は、はい……。何事か興味があったの
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    ――16時「大分、痛みがひいたみたいね」イレーネは立ち上がると歩いてみた。「これなら農作業用具を片付けられそうだわ」エプロンを身に着けている時。――コンコン突然部屋にノックの音が響き渡った。「あら? 誰かしら? もしかしてルシアン様かしら」イレーネは少しだけ足を引きずりながらへ向かうとドアアイを覗き込み、驚いた。「え? ケヴィンさん?」何と訪ねてきたのはケヴィンだったのだ。イレーネは慌てて扉を開けた。「いきなり訪ねてすみません、イレーネさん」ケヴィンはイレーネの姿を見ると笑みを浮かべた。「ケヴィンさん、一体どうなさったのですか? まだ制服姿ということはお仕事中ですよね?」「ええ、そうなのですが……イレーネさんの怪我が気になってしまって、訪ねてしまいました。大丈夫ですか?」「ええ。自分で手当をしたので大丈夫ですわ」イレーネは包帯を巻いた足を少しだけ上に上げてみせた。「そうでしたか……それなら良かったです。あの、実はコレを届けたかったのです」ケヴィンは恥ずかしそうに紙袋を差し出してきた。「あの、これは……?」躊躇いながら受け取るイレーネ。「はい、ドライレーズンです。確か、今夜はレーズンパンを作るつもりだと仰っていましたよね?」「まぁ……それでは、わざわざ買って持ってきて下さったのですか? それではすぐに代金を支払いますね」イレーネが部屋に取って返そうとした時。「あ! 待ってください!」突然呼び止められた。「どうかしましたか?」「イレーネさん。お金なんて結構ですよ」「ですが、それでは私の気持ちが収まりませんわ」「それでしたら……あの、もしよければ……今度イレーネさんが焼いたパンを僕にも分けていただけたら嬉しいです。僕がパンを好きなのは御存知ですよね?」「そうですね。それでは今、持ってきますね。レーズンを入れていないパンなら、もう焼いていたんです」「本当ですか? ありがとうございます」笑顔になるケヴィンを玄関に残し、イレーネは家の中へ入っていった。「どうもお待たせいたしました。どうぞ、ケヴィンさん」紙袋にパンを入れたイレーネがケヴィンの元へ戻って来ると、差し出した。「うわあ……パンの良い匂いがしますね。それにまだ温かい」「はい、30分ほど前に焼き上がったところですから」「ありがとうございます。味わっ

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    「どうもありがとうございました」別宅の前に馬車が到着し、イレーネは馬車代を支払うと痛みを押さえて降り立った。「大丈夫ですか? お客様」男性御者が心配そうに声をかけてくる。「ええ、大丈夫です。ご心配頂きありがとうございます」「では、失礼します」互いに挨拶を交わすと馬車は走り去っていった。「……何だか痛みが酷くなってきたみたいだわ。早く治療しなくちゃ」痛む足を引きずりながら、イレーネは家の中へ入っていった――** 帰宅したイレーネは、湿布を作るために台所で材料を探していた。「え〜と、小麦粉にビネガーは……あ、あったわ」早速小麦粉をビネガーと混ぜて練り合わせると用意していたガーゼに塗ると、ガーゼを痛めた足首にそっとあてる。「つ、冷たい……でも我慢我慢」自分に言い聞かせ、包帯を巻きつけた。「……出来たわ。どうかしら?」早速イレーネは少しだけ歩いてみた。「だいぶ痛みは和らいだみたいね。やっぱりお祖父様直伝の湿布は効果があるわ」窓の外を見ると、そこには農作業用道具が畑の側に置かれている。「……こんな状態じゃなければ、マイスター家に戻っていたのだけれど……」買い物から帰宅後は、すぐに畑仕事が出来るように用具を出して出掛けてしまっていたのだ。「痛みがひいたら、片付けをしなくちゃ」イレーネはポツリと呟いた。****「今日もイレーネさんは別宅に泊まられるのですね」仕事をしているルシアンに紅茶を注ぎながらリカルドが尋ねた。「そうだ。……別宅という言い方をするな」ムッとした様子でルシアンがリカルドを見る。「それは失礼致しました」「全く……イレーネはあの家が好きなようだ。毎回楽しそうに行っているからな」「つまらなそうな顔をして出掛けられるより、余程良いではありませんか」リカルドの言葉に、ルシアンは呆れ顔になる。「あのなぁ、俺はそんなことを話しているんじゃない。……もしかして、あの場所には何かあるんじゃないだろうか?」「何かとは?」「それが分からないから、何かと言ってるんだろう?」「ルシアン様……」じっとリカルドはルシアンを見つめる。「な、何だ?」「本当に、イレーネさんのことを気にかけてらっしゃるのですねぇ?」「それは当然だろう? 何しろ彼女とは契約を結んだ婚約者の関係だからな。今月開催する任命式で、正式にイレーネ

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   121話 イレーネとベアトリス

     イレーネがベアトリスをじっと見つめていた時。「サイン下さい!」突然イレーネの後ろにいた男性が前に進み出てきて、ぶつかってきた。「キャア!」小柄なイレーネはそのまま、前のめりに転んでしまった。はずみで持っていた買い物袋も地面に落ち、袋の中からリンゴがコロコロとベアトリスの足元に転がっていく。「まぁ! 大変!」ファンにサインをしていたベアトリスはリンゴを拾うと、イレーネに駆け寄ってきた。「大丈夫ですか?」イレーネに手を差し伸べるベアトリス。「は、はい……ご親切にありがとうございます」その手を借りてイレーネは立ち上がると、次にベアトリスはぶつかってきた男性を睨みつけた。「ちょっと! 貴方はレディにぶつかって転ばせてしまったのに、手を貸すどころか謝罪も出来ないのですか!?」「え? す、すみません!!」ベアトリスにサインをねだろうとした男性はオロオロしている。そんな男性を一瞥するとベアトリスはイレーネに笑みを浮かべた。「申し訳ございません。お詫びの印にサインをしてさしあげますわ。どれにすればよろしいですか?」「え? サ、サインですか!?」そんなつもりで並んでいなかったイレーネは当然戸惑い……ふと、閃いた。「あの、でしたらこのメモに書いていただけませんか?」イレーネは買い物メモをひっくり返して手渡した。「あら? これにですか?」怪訝そうな表情を浮かべるベアトリス。「はい、まさかこのような場所で大スターにお会いできるとは思ってもいなかったので他に持ち合わせがないのです。でも、額に入れて飾らせていただきます!」「まぁ。そこまで言って頂けるなんて嬉しいわ。ではこのメモにサインしましょう」ベアトリスはイレーネからメモを受け取ると、サラサラとサインをして手渡してきた。「はい、どうぞ」「ありがとうございます……一生の宝物にさせていただきますね」「フフフ。大げさな方ね」そのとき――「劇団員の皆様! お待たせ致しました! 迎えの馬車が到着いたしました!」スーツ姿の男性が大きな声で呼びかけてきた。「行こう、ベアトリス」そこへ黒髪の青年が現れて、ベアトリスに声をかけてきた。「そうね、カイン」そしてベアトリスはカインと呼んだ男性と共に、その場を去って行った。「あ〜あ……サインもらいそびれてしまった……」「やっぱりベアトリスは美

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   120話 意外な場所で

     あの嵐の日から、早いもので3ヶ月が経過していた。イレーネは半月に一度は、リカルドから譲り受けた家に通うようになっていたのだった。「それでは、今日もあの家に行くつもりなのか?」朝食の席でルシアンがイレーネに尋ねる。「はい、行ってきます」笑顔で返事をするイレーネ。「だが、何もそんなに頻繁に行かなくても……」言葉をつまらせるルシアンにイレーネは理由を述べた。「あの家は空き家ですから、定期的に訪れて管理をしないと家の維持は難しいですから」「そうか……」正直に言うとルシアンは、イレーネにあまりあの家には通って欲しくは無かった。その理由はただ一つしかない。「心配しなくても大丈夫です。明日にはまた戻りますので」「……分かった。なら気をつけて行くといい」「はい、ルシアン様」イレーネは笑顔で返事をした。**** イレーネは今夜の食材を買うために、1人で町に出てきていた。「えっと……バターは買ったし……あ、そうだわ。ドライフルーツを買わなくちゃ。今夜はレーズンパンを作るんだったわ」買い物メモを確認すると、イレーネはポケットにしまった。「それにしても、今日の駅前は凄い人手ね。一体何があったのかしら?」駅前には大勢の人々が集結していた。しかも大騒ぎになっており、警察官たちまで警備にあたっている。「もしかして、有名人でも来ているのかしら?」好奇心旺盛なイレーネは、一度気になったものは確認してみなければならない性格をしている。「ドライフルーツは後で買えるものね……行ってみましょう」そしてイレーネは人だかりの方へ足を向けた。**「皆さん! 落ち着いて! 押さないで下さい!」「道を開けて下さい!」騒ぎの中心から大きな声が聞こえている。「サインして下さい!」中にはサインをねだる声まである。「え? サイン? もしかして有名人でも来ているのかしら?」イレーネは誰が来ているのか、見たくても人だかりが出来ているので確認することも出来ない。そのとき――「あれ? イレーネさんじゃありませんか!」不意に声をかけられた。「え?」驚いて振り向くと、警察官姿のケヴィンが自分を見つめている。「まぁ! ケヴィンさん、こんにちは。偶然ですわね」「こんにちは。もしかしてイレーネさん……見物に来たのですか?」「は、はい……。何事か興味があったの

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   119話 ほんのお礼です

     2人で庭の後片付けの作業を開始して約1時間後――「ありがとうございます、お陰様ですっかりお庭が綺麗になりました」イレーネがケヴィンに礼を述べた。「いえ、いいんですよ。地元住民として協力しただけですから。それではそろそろ帰りますね」ケヴィンが軍手を外し、帰り支度を始めるのを見てイレーネは声をかけた。「あ、そうですわ。少し、お待ちいただけますか? すぐに戻りますので」「え? ええ、いいですけど?」イレーネはケヴィンをその場に残すと、いそいそと家の中に入っていった。そして数分後、トレーを手にして戻ってきた。「これ、ほんのお礼です。どうぞ」トレーの上にはグラスに注がれた飲み物に、スコーンが乗っている。「え? 頂いてもよろしいのですか?」「はい、これはミントティーです。疲れた身体にいいですよ? こちらのスコーンも私のお手製です」するとケヴィンが笑った。「アハハハハッ。大丈夫ですよ、僕の職業をお忘れですか? 警察官で体を鍛えていますからこれくらい、どうってことないです。でも折角なのでいただきますね」「ええ。どうぞ」ケヴィンは早速グラスを手に取ると、ミントティーを口にした。余程喉が渇いていたのか、そのまま一気に飲み干しとグラスをトレーに戻した。「さっぱりした味で美味しいです。ありがとうございます。あの、スコーンはお土産に頂いて帰ってもいいですか? 家に帰ってからの楽しみにしたいので」「それでしたらもっと持って行って下さい。まだ沢山ありますので。今取ってまいりますね」「い、いえ。何もそこまでして頂かなくても……」しかしイレーネは最後まで聞かずに家の中に入ると、今度は紙袋を手に戻ってきた。「どうぞ、ケヴィンさん。5個差し上げますわ」そして笑顔で差し出す。「え? そんなに頂いてもいいのですか?」「ええ、勿論です。ケヴィンさんには今までにも色々お世話になっておりますから。どうぞお持ちになって下さい」「……どうもありがとうございます。では、遠慮なく頂きますね」顔を薄っすら赤らめながらケヴィンは受け取った。「それでは僕はこの辺で」「はい、今日は本当にありがとうございました」ケヴィンは馬にまたがると、イレーネを見つめる。「イレーネさん」「はい。何でしょう?」「今日は……一緒に働けて楽しかったです。それでは失礼しますね」「え?

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   118話 嵐の後始末

    「……本当に、今夜は戻らないつもりか?」夜空の下。車の前でルシアンは真剣な眼差しでイレーネに尋ねる。「はい、戻りません。今夜の嵐でせっかく耕してしまった畑が駄目になってしまったので明日、作業をしたいのです」「だが……もしまた天候が……」「それならご安心下さい、ほら。空をご覧になって下さい」イレーネに言われて顔を上げると、空には満天の星が輝いている。「……綺麗な夜空だ」思わずルシアンがポツリと呟くと、イレーネは笑顔になる。「ね? これだけ星がでているならもう嵐の心配はありませんから」「確かにそうなのだが……なら、俺も今夜ここに宿泊しようか?」ルシアンの脳裏に、涙を浮かべて恐怖で震えているイレーネの姿が浮かぶ。あんな姿を見せられて、ここに1人で残すことがためらわれた。「ベッドは一つしかありませんけど……なら、ルシアン様がお使い下さい。私はソファでも床でもどこでも構いませんから」「何だって? 女性にそんなことをさせるわけにはいかない」慌てて首を振るルシアン。「ですが、私だって雇い主であるルシアン様にベッド以外では休んでもらいたくはありませんわ」「雇い主……」イレーネの言葉に、何故か壁を感じるルシアン。(やはり、イレーネにとって……俺は契約相手としかみられていないのだろうな)じっと見つめるルシアンにイレーネは首を傾げる。「どうしましたか? ルシアン様」「いや、何でも無い。……分かったよ。もう天気は大丈夫そうだからな。帰るよ」ルシアンは車のドアを開けると乗り込み、再度イレーネに尋ねた。「イレーネ。あと何日程でマイスター家に戻れそうなのだ?」「そうですね……3日以内には戻れると思います」「分かった。とにかく……戸締まりだけはしっかりするんだぞ?」「ええ。大丈夫ですわ。ルシアン様も気をつけてお帰り下さい」ニコニコ笑みを浮かべるイレーネ。「……ああ、それじゃあ」ルシアンはイレーネに見送られながら車で走り去っていった。「……本当に、車というものは早いのね……」あっという間に地平線に消えていったルシアンの車を見ながらポツリとつぶやき……欠伸をした。「ふわぁあああ……眠くなってきたわ。今夜はもう休みましょう。明日は朝から忙しくなりそうだし」そしてイレーネは家の中に入ると、戸締まりをした――****――翌朝パンにチ

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